「色の音楽・手の幸福――ロラン・バルトのデッサン展」
Musique des couleurs, bonheur de la main - dessins de Roland Barthes -
京都大学総合博物館(2/2004)
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(1) 「無題 Sans Titre」(22.2.1978)
(2) 「無題 Sans Titre」(30.8.1977)
(3) 「無題 Sans Titre」(31.5.1974)
(4) 「L'arbre du printemps 春の木」(3.3.1976)
(5) 「En attendant le telephone 電話を待ちながら」(23.3.1976)
(6) 「Apres le teleophone 電話の後で」(23.3.1976)
(7)「Le desepoir est une erreur 絶望は一個の誤りである」(25.5.1976)
ロラン・バルト Roland Barthes ―― フランスの偉大な批評家。「偉大」という形容詞が最もふさわしくない「偉大な」批評家。テクストそのものの「快楽」を賞揚し、何よりもその味わいを味わい尽くすことを実践してみせた、エクリチュール(書かれた言葉)の「政治的」活動家。人は彼がエクリチュールを味わう、その動きそのものに魅せられ、いつしか彼自身のエクリチュールの味わいの中にはまりこんでしまう。彼の見方・味わい方は常にゆとりと優しさに満ち、人の心から一枚一枚と権力・自己防衛・自己正当化という垢を削ぎ落とす。そのうえで、感興溢れる卓見と、驚愕の美学をさりげなく提示してみせる、テクストの魔術師。彼に魅入られた人は、彼に「尊敬」ではなく「敬愛」の念を自然に抱いてしまうことだろう。彼は、彼のテクストだけではなく、人柄でさえも周囲の人々を裏切ることはなかったようだ。
ロラン・バルトは「三つのエリア」で仕事をしたと公言していた。すなわち、文章を書き、ピアノを弾き、デッサンを描いた。そのデッサンが今回、京都大学総合博物館で展示された。
私も、他の人々と同じように、彼の多くの著作に魅了され、溜め息を尽き、あるいは秘かに涙を落とした一人だった。そして、今回の彼の一連のデッサンも、彼の著作から得られる感興を削ぐことなく、「ロラン・バルト」そのものだった。
彼にとって、エクリチュール(書き言葉)とは、成功したユートピア的瞬間にのみ「快楽」を与えてくれるものでしかなかった。言葉は、その原理的な構造から、権力の、責任の、懊悩の源泉なのだ。
「おそらく、言語のわなに直結しない、つまりあらゆる文章に避けようもなく付随する責任に直結していない何かを創造できるという安らぎ(休息)でもある―すなわちそれは一種の無垢であるが、エクリチュールがそこからわたしを排除するのだ」
だが、彼はエクリチュールを愛した。テクストが生み出す魔術的な効果を激しく愛した。それはあたかも彼にとって生きる喜びそのものだったかのようだ。
「私は文字を書くという痕跡が何よりも好きなのである。痕跡はどこにあってもよい。東洋の書道でもよいし、ある種の絵でもよい(今後、そういうものを<セミオグラフィー(記号表現)と呼べばいいと思っている」
この、エクリチュールに対する愛と苦悩、その矛盾を解決する一つの方法が、彼にとって、このデッサンだったように思われる。
彼は、この矛盾をどうやって解決したのだろうか。
このデッサンに付けられた題名に注目してみよう。ほとんどが「無題 Sans Titre」であるのだが、「言葉(エクリチュール)」を与えられたものは以下の通りである。
「Pour Romaric ロマリックに」「En attendant le telephone 電話を待ちながら」「Apres le teleophone 電話の後で」「Le desepoir est une erreur 絶望は一個の誤りである」「Histoire d'yeux 眼の歴史」「L'arbre du printemps 春の木」「Sigfried (Bayreuth) ジークフリート(バイロイト)」・・・
どうして、これらの作品だけにタイトルが与えられたのだろうか。具体的にいくつかを見てみることにしよう。
(5)「En attendant le telephone 電話を待ちながら」と (6)「Apres le teleophone 電話の後で」は連作と考えることができよう。前者では、交わされるパロール(話し言葉)への淡い期待と興奮が薄い黄色と青によって暗示され、後者では、濃密な会話(パロール)の生々しい記憶が心の中に流れている様子が描かれているようだ。「電話」とはプーランクのオペラ「声」を待つまでもなく、パロールの道具である。ここで我々は、この二つのデッサンに、パロールがエクリチュールへ定着する前の心の動きを読みとることはできないだろうか。
バルトは自身、このデッサンを「言語のわなに直結しない、つまりあらゆる文章に避けようもなく付随する責任に直結していない何かを創造できるという安らぎ(休息)」だと述べていた。だが、この後者の「Apres le teleophone 電話の後で」を見ていると、エクリチュールの陥穽から逃れていようとして、しかし逃れられないエモーショナルな苦悩が読みとれるようで痛々しい。薄汚れ、かすれた赤と黒のぶっきらぼうな縦線は、電話での会話が、ざらつき、誤解にまみれ、すれ違いと疑念と不安を残したまま切られたかのような、わだかまりの線のように見える。前者の薄い黄色と青色の美しい重なりや溶け合いとは全く対照的だ。バルトは、エクリチュールに成りきらない苦悩をデッサンで表現することで、エクリチュールの懊悩を沈め、そこに「安らぎ」を覚えていたのだろうか。
それが最も激しく表現されているのは、(7)「Le desepoir est une erreur 絶望は一個の誤りである」である。このデッサンにだけタイトルにはっきりとした文章が与えられている。赤・青・紫・緑・黄の運動は、のたうちまわるように激しく、辛い。この運動は、まるで心の中に飛来するパロールのようだ。他者のパロール。自問自答のパロール。私たちが幻想に溺れている時に、私たちの心に閃光のごとく次から次へと湧き起こる、私たちを滅ぼすような無数の言葉の断片をここに見て取ることはできないか。このデッサンを支配しているのは、やはり悪魔のような言葉の邪悪な力ではないか。そして、「絶望は一個の誤りである」という救いの言葉を体現するかのように、全体的な色彩の美しさが勝ち取られているのだが、この絵はやはり絶望の苦悩を隠し切れていない。
バルトは、エクリチュールの、そしてパロールの呪縛から逃れようとして、結局逃れることができなかった。どういう経緯で描かれたのかつまびらかではないが、ワーグナーの「指輪」にちなんだ題名の絵が多いことからも、それを伺い知れる。ワーグナーの楽劇。それは人類史上のありとあらゆるパロールの中でも、最も劇的な、最も激しいパロールではないだろうか。バルトは、邪悪なパロールを紙面に焼き付け、快楽をもたらす美へと翻訳しようとしたのだろうか。
バルトは、パロールの衝撃がエクリチュールへと翻訳される前の心象風景をデッサンという形で焼きつけようとしたのだろうか。
しかし、美しい思い出となったパロールもある。(1)と(3) は、まだ、それこそバルトが言うような「安らぎ」を与えてくれるようで、ほっとさせられる。音符そのものが踊っているかのような (3) は、まるで、美しかったコンサートと、その後の親しい友人同士の愉しい会話を描いているようで、見ているだけで懐かしい記憶が甦ってくるようだ。(1)は、その見事な構成に惹かれる。私はこのデッサンの前で一番長く、落ち着いた時を過ごした。
我々は複雑な感情を抱えたときに「言葉にならない」とよく言う。たとえば、言葉を連ねれば連ねるほど空虚さが増していくような親近感。長く深い時の重みを抱えた人とのつながり。齟齬と誤解を生みながら、それを解消していくような無言の努力。衝動的でやるせない誰かへの、そして自分への激しい憎しみ。こうした「言葉の外」の世界こそ、バルトがデッサンで表現したかったもののように思われてならない。
(2)と(4)では、線となったパロールとエクリチュールが、お互いの存在を賭けて闘っているような印象を受ける。(4)では淡い色合いだが、それでも踊り狂っている無数の運動がエクリチュールの存在を攻め滅ぼそうとしているかのようだ。(2)では(4)よりも数は少ないけれども、はっきりとした赤い残酷な亀裂がエクリチュールを横断している。
バルトが、そして我々が人間として生きているかぎり悩まされ続ける言語という苦しみ。バルトは言語と闘い、それを快楽へと変換する知性の官能へと我々を導いてくれた。だが、それが成功するのは稀である。我々は日常生活の中では、言葉という泥の中で、もだえる身体でもって足掻き続けるしかない。バルト自身、エクリチュールの中だけでなく、エクリチュールの外で、デッサンという形式をとって、あるいはエクリチュールとデッサンを対決させることでこの苦しみから逃れようとしていた。その苦闘の痕跡は我々を希望へと導いてくれるのだろうか?
ロラン・バルトのデッサン。それは彼にとって、鎮魂の儀式、あるいは終わりなきレクイエムだったのかもしれない。
(No.3, 2004/04/20)